The Greening of Japan #4 Village OS ー地域という生態系

前回まで、生活の農と職業としての農業、そして「100works ― 現代の百姓」という新しい生き方について考えてきた。
農業を農家だけのものにせず、誰もが食べ物を育てることができる社会。一つの職業に人生を限定せず、さまざまな技術や知識を持ち、季節や地域に合わせて働く生き方。
では、そうした人々が増えていったとき、地域社会はどのように変わっていくのだろうか。
私は、地域そのものを一つの生態系として捉え直す必要があると考えている。
例えば、私が暮らす石川県加賀市には、農地があり、森林があり、河川があり、海があり、空き家もある。農業を営む人、伝統工芸を担う職人、料理人、大工、エンジニア、さまざまな知識や技術を持った人々が暮らしている。
だけど、それらの資源や人材は、必ずしも十分につながっているわけではない。
ある農家には使っていない機械があり、別の農家はその機械を必要としている。ある家には余った土地があり、別の人は畑を始めたいと思っている。食品加工の現場では大量の残渣が発生し、別の場所では海外から輸入した原料に頼って肥料や飼料を生産・購入している。
あるのに、互いに見えていない。
今の社会では、それぞれの資源が個別に存在し、必要なものを外部から購入することで社会が成り立っている。
私は、ここに大きな可能性があると思っている。
地域に存在する資源、人材、技術、情報をつなぎ直すことができれば、今までとは違った経済の仕組みが生まれるのではないだろうか。
例えば、梨農園で発生する規格外の果実は、ジュースやジャム、発酵飲料などに加工できる。加工の過程で出る残渣は、適切に処理すれば堆肥や飼料原料として利用できる可能性がある。そして、翌年堆肥は再び農地に戻り、新たな果実を育てる。
森林から生まれる木材は、建築や家具、道具に使われる。端材は別の製品や熱エネルギーに利用できる。使われなくなった建物も、修繕すれば住居や工房として生まれ変わる。
もちろん、すべてのものが簡単に循環するわけではない。加工には設備が必要であり、飼料や肥料には安全性の確認も必要になる。輸送や労働の負担を考えれば、地域内で完結させることが必ずしも合理的とは限らない。
だからこそ、実際にやってみて、数字を取り、どこに可能性があるのかを確かめなくちゃいけない。
大切なのは、何でも地域の中だけで賄うことではなく、これまで捨てられていたものや、活用されていなかったものに、もう一度価値を見いだすことだ。
自然界では、美しい紅葉のあとの落ち葉が土になり、土が植物を育て、植物が動物を養い、その生命もやがて土へと還っていく。そこには複雑な循環が存在している。
人間の経済もまた、自然界の循環から独立して存在することはできないのだ。
私たちが目指すべきなのは、大量に生産し、大量に消費し、大量に廃棄する一方通行の経済から、資源がさまざまな形で循環し続ける経済への転換なのだと思う。
そして、その循環を支えるためには、新しい仕組みが必要になる。
そこで、「Village OS」という考え方が出てくる。
OS(Operating System)とは、ハードウェアとアプリケーションの間に立って、コンピューターを動かす基本的なシステムのことだ。さまざまなアプリケーションがOSの上で動くように、地域にも、人々の活動や資源の利用を支える共通の仕組みがあってもいい。
地域の農地や空き家、機械、設備、人材、技術、余剰資源などの情報を共有し、必要な人と必要なものが出会える仕組みをつくる。
例えば、人手が足りない農家がある一方で、ある時期だけ農業に携わりたい人がいる。使われなくなった建物がある一方で、工房や作業場所を探している人がいる。専門的な技術や知識を持つ人がいても、それを必要としている人と出会う機会がない。
こうした地域の中にある需要と供給を可視化し、互いにつなげることができれば、新しい仕事や活動が生まれるのではないだろうか。
そこにAIやデジタル技術を活用することで、複雑な情報を整理し、人や資源をより適切につなぐことが可能になる。
エネルギーについても考えたい。地域の河川や用水路を利用した小水力発電、太陽光、木質バイオマスなどを、その土地の条件に合わせて組み合わせる。発電量や需要を把握し、蓄電や電力融通も含めて地域で管理することができれば、エネルギー供給の選択肢は広がっていく。
農業、交通、エネルギー、住宅、教育、福祉。
これらを別々の問題として考えるのではなく、地域に暮らす人々の生活を支える一つの仕組みとして捉える。
それぞれの分野をつなぐことで、今まで見えていなかった関係性や可能性が生まれてくる。
大切なのは、それぞれの分野を単純に効率化することではない。
これまで別々に存在していたものの間に、新しい関係性を生み出すことだ。
私は、そうした仕組みがVillage OSの基盤になると考えている。
ただし、これは、すべてをデジタルで管理するようなシステムではない。
むしろ、人間同士の関係を支えるための仕組みでなければいけない。
情報が共有されることで、人と人が出会う。助け合う。知識や技術が交換されることで、新しい仕事が生まれる。捨てられていたものに、新しい使い道ができる。
そうしたいくつもの小さな循環が重なり合うことで、地域全体が一つの生態系として機能していく。
ここで重要なのは、所有から利用へという考え方だと思う。
必要なものを、すべて自分で所有する必要はない。地域に存在する資源を、必要なときに適切な形で利用できればいい。
ただし、それは個人の所有を否定することではない。所有する自由と、共有する選択肢の両方があることが重要なのだ。
一方で、共有には管理や責任の問題が伴う。誰が維持するのか、誰が費用を負担するのか、故障したときにはどうするのか。こうした仕組みを曖昧にしたままでは、共同利用は続かない。技術だけでなく、運営や経済の仕組みまで含めて設計する必要がある。
そして何よりも、特定の大企業や行政だけが地域の情報や資源を独占する構造にはしたくない。
地域に暮らす人々が主体となり、必要な情報を共有し、自分たちで仕組みを改善していけることが大切だ。自分たちの暮らしに関わることを、自分たちで話し合い、決めていく。本来、民主主義とはそういうものだと思う。
私が想像するのは、効率と生産性だけを追い求めるスマートシティではない。
地域の自然環境や文化を守りながら、人々の生活の質、つまりQOLを高めるためのOSだ。
そして、何を課題とし、何を優先するのかは、それぞれの地域が自分たちで決めればいい。
人口減少や高齢化が大きな課題となっている地域もあれば、伝統産業の担い手不足、空き家の増加、エネルギーの安定確保、交通手段の不足など、抱えている問題は地域によって異なる。自然環境も歴史も文化も、そこに暮らす人々の価値観もそれぞれ違う。
だから、一つの完成されたシステムを、すべての地域に当てはめる必要はない。
それぞれの地域が、自分たちの課題を設定し、地域にある資源や技術を組み合わせながら、必要な仕組みをつくっていけばいい。
Village OSとは、地域のあり方を統一するためのものではなく、それぞれの地域が自分たちの未来を選択し、実現していくための基盤なのだと思う。
効率化によって生まれた時間を、さらに多く働くために使うのではなく、家族と過ごし、畑を耕し、ものをつくり、学び、遊び、創造するために使う。
私は、テクノロジーの進歩が、そうした未来につながってほしいと思っている。
そして、こうした地域の仕組みは、必ずしも一つの町の中だけで完結させる必要はない。
ある地域では食品残渣の再利用がうまくいき、別の地域では地産エネルギーの仕組みが発展するかもしれない。そこで得られた経験や知識を共有すれば、別の地域はゼロから始める必要がなくなる。
失敗も含めて公開し、互いに学び合う。失敗は隠さずに、活かすことが大事だと思う。
一つの地域で生まれた知識が、世界の別の場所で役立つことがあるかもしれない。
ローカルな実践が、グローバルな知識の循環につながっていく。
それぞれの地域が自分たちの生活を支える力を持ちながら、必要なときには外部と協力できる。
自立とは、誰にも頼らないことではない。
自分たちの力を持つことで、より自由に他者とつながることができる。
これからの社会に必要なのは、そうした「自律した相互依存の仕組み」なのではないかと思う。
地域に何があり、何が足りず、何がつながっていないのか。それを知ることが、最初の一歩になる。
ここまで、暮らしのあり方や現代の百姓、そして地域社会の新しい仕組みについて考えてきた。
だけど、社会の仕組みが変わるだけで、私たちの暮らしは本当に豊かになるのだろうか。
その仕組みをつくり、使う人間自身の意識も変わる必要があると思う。
チャールズ・A・ライクが『緑色革命』で描いた「意識Ⅲ」。そこから半世紀以上が経ち、私たちはAIやロボットという新たな技術を手にしようとしている。
技術が進歩し、社会の仕組みが変わっていく中で、人間は何を取り戻し、何を未来へ持っていくべきなのだろうか。
次回の最終回では、これまでの考えを一つにつなぎ、私が考える「意識Ⅳ」について書いてみたい。



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